真夏の夜に

夏の思い出を数えたら、楽しかったことがあまりに多過ぎて、毎年夏が来るとワクワクして待ち遠しくて夏の終わりは寂しくなるそれを思い出した。祖父母の古い家で過ごした夏休みも、茹だるような暑い夏の日自転車で走った川沿いの景色も、夏服のセーラーに身を包んで教室のベランダに並んだ放課後、噂話や恋の話、進路の話に花を咲かせた年だって、花火大会に夏祭り、初めて夜の海に行った日、家族や友達、恋人、それぞれと過ごした夏の記憶を引っ張り出したらキリがなかった。記憶の中の夏のわたしはずっと楽しそうだった。去年の夏も楽しかった、大人になって過ごす夏も少女だった私が過ごした夏も楽しかった。たまに悲しい夏もあったけど、毎年必ず笑い声が夏の思い出に添付されていて、自分の夏の記憶をフィルムにしたいと思った。今年の夏は初めて毛色の違う夏になりそうで、まだわたしの夏は来ないのかと夏の気候と晴天の下、夏なのにいつもの夏が来ないなんて、と少し悲しくなった。

去年の夏もその前の夏だって、もっと前の夏だって、好きな場所に行って好きな人と少ない時間をやりくりして時間を共有した。何をしてもよかった、会おうと思えば会えたし、時間さえ取れればどうにでもなった。今年は冬の終わりからそういうものをぜんぶ、日常をぜんぶ、わたしの、たぶんみんなの日常の多くが「日常」ではなくなってしまった。お陰様で時間だけは余っていて、なのに会いたいのに会えない日が続く。親友が結婚してもお祝いにも行けなかった、子供が生まれたと連絡を貰っても万が一のことを考えたら抱っこどころか会いに行くことすら憚られた、人の死に目にも会えない人も居たし、実際お線香ひとつあげにいくことすら出来なかった。

オンラインは便利だけど人の温かみは伝えてくれないし、目に見えない感染の恐怖だとかもしも自分が誰かに、と思ったら怖くて出来ないことがたくさんあった。なんだこの夏、春も感じぬままに夏がきた。でもわたしの夏はまだきてない、こんなの夏って言わね〜。

海に行きたい、花火がしたい、お祭りに行きたい、浴衣で大好きな人たちと出かけたい、せめて心許すひとといつもの居酒屋であーでもないこうでもないと閉店まで喋り倒す時間だけでもいいのに。つまんない。

 

こんな時に発表されたツアー、喜びたいのに喜べなくて、おめでとう!の声も躊躇って、どこに行こうと考えることすら罪悪感。なんで?しか出てこない。行かないと即断出来るひとの声を聞いてその英断に心から凄いと思った、我慢してるのも分かってる、本当に凄い。でも、行きたいけどどうしようと迷う気持ちも、やっと会える!嬉しいと喜ぶひとのきもちもぜんぶ間違いじゃない、事務所が公式に開催を発表した以上行きたいと思う気持ちも申し込む行為も然るべきことで。だけどどれもこれも声に出すと悪いことをしてるみたいな、そんな空気。難しい。

本人たちの気持ちや事情なんてこちらには分からないので憶測ですら言えることは何も無いけど。元気で居て欲しい、それだけが願いだったんだけど。会えなくても、元気で居てくれたらそれでいい、みんな我慢してるんだからと思えたんだけど。けどけどけど、だけどばかりが積もって、終わりのない無限ループに陥る。仮に行くと決めて、チケットが当たってもまるで悪いことをしているような気持ちで誰にも言わずこっそりと行くのか、なんだそりゃあ。でも大きな声では言えない、なぜならこんな時だから。(言ってもいいはずなのに言えない、こんな時だから)

職種柄諦めるひともいる、子供が居るから家族が居るから諦めるひとも居る、住んでる地域柄諦めたひとも居るかもしれない、行くと決めたひとだってたくさん居ると思う、後悔しない選択ってどれなんだろう。来年はどうなってるんだろう、そんなことをぐるぐる考えて、好きな人に会いたい気持ちよりも先に浮かぶ色んなアレコレにゲンナリした。

主演ドラマの放送スタートが遅れても、その間もずっとあれこれ工夫を重ねて「待っててね、ごめんね」と何度も彼らは言った。誰も悪くないけど、ごめんねと申し訳なさそうにする顔と、どうか元気で居てねの気持ちで心の中で泣きそうになった。

やっと再開した撮影、夏の気候が近付いて暑い中でもフェイスガードやマスク、距離を保ちながら日々お互いに感染予防を徹底しながらの撮影であることはメイキングやニュースで流れる映像で知っていた。会いたいな、よりも「気を付けてね、どうかどうか元気で居てね」ばかりが頭を過って。

 

いつか、またいつもの夏がきた時にこんなこともあったねと言えたらいいなと思いながら書き記した夏のある日の日記のような雑記。迷い続けてる自分の気持ちを書き綴ったけど、消しちゃうかもしれないけど、未来のわたしが読んだ時「いつもの夏がきたよ」と言えますように。

自分を支えてくれるすべての人が病気をせず、健康で、心も身体も元気でそこにただ居てくれることが当たり前じゃないことを改めて知る2020年、せめて次の季節もそのまた次の季節も誰一人居なくなりませんように。来年も一緒に居られますように、そこに居てくれますように。

眠れない夜、メイキングで肩寄せ合って笑う5人の顔に泣きたくなった夜のわたしの雑記。こんな雑記を最後まで読んでくれたあなたもご自愛ください、こんな状況ではあるけれど制限のある中でも少しでも楽しい夏になりますようにと願いを込めて。

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